タイの象アート(象が鼻で描いた絵)展示とタイの象に関する講演と映像
「私には三人の子供がいる。
二人は人間で、もう一人は象のノッパカオ。」
象といえども、産まれたときからずっと世話をしてきたから、コレもまた、家族なのである。今は日本へ帰ってきてしばらく会ってないノッパカオ。だから、わが子を置いてきてしまったような寂しさがある。
私は今まで25頭ほどの母象、仔象を任された。その1頭目がノッパカオ。タイ語で「9つの宝石」という意味。それからも次々と仔象は産まれ、私の息子も産まれた。名前は、ノッパラット。「宝石のグラス」を意味する。名づけ親は、象キャンプのオーナーで、ノッパカオと兄弟だからと名前をそろえてくれた。
動物、人も接するときはいつだって真剣でなければならない。そうすれば、相手は必ず応え心は通じる。時には怒り、時には優しく。そんなことを象たちから学んだように思う。
「象と私」by 遠藤 明子(元アユタヤ象使い)
タイ中部アユタヤでの象使いの経験を通じて感じたこと、考えたこと。そして今、タイの象について伝えたいこと…
タイには、象と象使いが暮らす村がある。
象は人の言葉を理解する。
言葉にはならずともお互いを信じる。その関係は奥深い。象使いは、昔から代々受け継がれてきたもの。家の戸を開ければ象が目の前にいて、産まれた時から象と暮らしてきた人たち。ごく普通の関係である。
昔、タイの象は、王様の乗り物として仕えていました。戦争が起こると、兵士と共に戦い国を守ってきました。しかし、時代とともに象の役目も変わり、山の中での材木運びや農業を手伝うようになり、今では、主に観光客を背中に乗せる仕事やショーを行っています。中には、都会の繁華街を歩きながら果物などを売る象もいます。人や車の多い町中は象にとって危険な場所ですが、それでも象と象使いが生きていくために働きます。しかし、タイ政府は、象が町中に来てはいけないと呼びかけます。ではいま、象たちは一体どこへ行けば いいのでしょうか…
(遠藤明子氏の文章より抜粋・編集)
象アート(象が鼻で描いた絵)の一部▲
「象が鼻で描いた絵」展示会